2008年7月29日火曜日

タッチ考察

ピアノのタッチは演奏者それぞれによって感じ方が違う。

主に弾いていて感じるのは”重い、軽い、弾きやすい、弾きづらい、”といったことだ。
しかし弾きづらいのと重いとはイコールではない。また同様に弾きやすいのと軽いのはイコールではないと言える。
それは重く感じても弾きやすいピアノ言うのが存在し、軽く感じても弾きづらいと感じることがあるからだ。

重くて弾きづらく感じられるピアノと言うのは言うまでもなく調整不足と言うことだろう。鍵盤やタッチを重くする要因そのものの重さではなく、例えばバランスピンの調整がうまくいっていない、各所にスティックが見られる、ゴミや錆などによって動きが悪いと言うことだろう。

タッチが軽く感じても弾きづらいと言うのは、ふわふわしてしまい手ごたえが感じられないと言った場合。
この場合普段重いしっかりとしたタッチのピアノで弾いていればなおさら感じることだろう。グランドピアノばかり普段弾いている人がアップライトピアノを弾いたとたんに感じるあの感覚に近いものがある。

調整がしっかりとされていて、と言うかされ過ぎていて弾きづらいと言うのもあるかもしれない。それは普段の自分の練習しているピアノが調整が甘く、その本来なら弾きづらいと思われているタッチに慣れてしまっているのであまりに整然と調整されているピアノに面食らう状態。
その場合は段々と弾くうちに慣れてくるとは思われるけれど、それでも軽いタッチが弾きづらいと感じるのは
やはりアクションの調整の問題だろう。タッチを軽くすれば弾きやすいのではないのだ。

重いピアノでも調整をしっかりしてやることによって弾きやすくなるのと同様、物質的な重さだけではなくむしろ機械的な重さのほうが演奏には大きく影響してくる。適度に物質的には重いほうがタッチ感が指に伝わりコントロールしやすいと感じる。

この意味で演奏者はなるべくいろんなピアノを弾くことが重要になってくるだろう。たくさんのピアノを弾き慣れること。どんなピアノでもある程度弾けるようになること(限度はある、例えば全く調整されていないとんでもなく弾きづらいピアノを弾けるように努力することは無駄以外のなにものでもない)。
ある程度調整されているピアノを日頃から弾いていないと変な癖がつき、(例えば強く打鍵しなければ音が出にくいと言うような箇所があったとすれば、いつも曲の中でその演奏をするときは強く弾いてしまうようなことになる)、コンサートホールなどでの本番などでまともな調整がなされたピアノを弾いたときにバラついた演奏になる可能性は高い。


世の中にあるピアノの90%以上はまともに調整がなされていないと言ってもよく、常に最良の状態に保たれているピアノはコンサートホールのコンサートグランドピアノの一部のみであると言っても過言ではない。


コンサートや発表会、コンクールでは可能であればぶっつけ本番ではなくリハーサルをし、その間にできるだけ様々なフレーズを弾きその場のピアノに慣れておくことが重要なのだ。本番になりいつも弾いているピアノと一緒だと思い弾き始め早いパッセージやトリルが入らなかった、曲そのもの自体が崩れてしまったということになりかねない。その日にお世話になるピアノとのコミュニケーションを取ることが対人間関係がそうであるように思い通りの演奏を表現するためには欠かせない。


そして今まで述べてきたことはピアノそのもののタッチによる話、その他のタッチに係る要因としてピアノが一台一台違うようにまた我々人間も一人一人違うと言う問題がある。

指や腕の力のある人は少々重いタッチのピアノを弾いても普通だと言われるかもしれない。
逆にあまり力のない人は重いピアノは弾けないだろう。

指や腕の力の他に主な原因としてしっかりと指を動かす訓練をしているかと言うことも大きな要因になる。
例え指の力がなくても重く感じられるようなピアノで早いパッセージなどをいともたやすく弾く人もいる。
これはしっかりとしたテクニックを身につけているからとも言えるだろう。

また人間であるから体調などによっても感じ方は日によって違うかもしれない。もちろんピアノもその日の温度や湿気などの外的要因によって変化する。


我々調律師はこのようなことを常に頭に置きつつメカニックの調整の際、寸法や規定値を厳密に守るだけでなく、そのピアノにとっての最適な調整法はなんであるのか、ピアノの音が一台一台違うようにタッチもまた一台一台最適なところは違うはずであるので意識して調整していかなければならない。これが規定値だからこのピアノはこういうタッチだと言うことはたやすいが、それが演奏者にとって最適かと言うと必ずしもあてはまらないからだ。

そして調整者自身もひとりの人間として自分で感じるタッチのあいまいさを理解し、客観的な視点でタッチを判断することがのぞまれる。

そのためには日頃からたくさんの様々なタイプの演奏者と接し、コミュニケーションを通してタッチによる理解を深めていかなければならない。

そして演奏者が表現しやすい環境を作るためには世の中にあるピアノが全てしっかりとした調整がなされていくように近づけていかなければならない。ピアノ文化が更に底上げするには我々ピアノ調律師の責任は大きい。