新品小型グランドピアノディアパソンDG166
タッチウエイトマネジメント
今回のご依頼はタッチを重くしてほしいと言う要望でしたが、この重くと言うのは様々な意味合いがあり、単純に弾いた感じを重くしてほしいと言うよりは、鍵盤がストンと落ちてしまう、アップライトのような軽さが気になり、ピアニッシモなどを出そうとしてもいわゆるためが効かないというか、そのような状況でした。
伺ってみて弾いてみると、確かに弾きにくくは無いのですが、どこかコントロールしにくい軽く感じるタッチ、これは力のあまりないお子さんなら弾きやすいと思うのかもしれないですが、大人ですと弾き応えのなさに不満を感じかたも見えると思います。
そこで解決のために来ていた調律師からは、鍵盤の奥側に鉛を貼り付けると言う形で対処、接着してありました。この鍵盤の奥側に鉛を取り付けることによって鍵盤の下がる力であるダウンウェイトが大きくなり、鍵盤を下げるときの力が増すと言うことになります。
計測したところ60g前後の値となっており、アップウエイトは40g前後と言う形でした。それにより確かに重く感じるようにはなったのですが、弾き始めの重さは変化したものの途中からストンと落ちてしまうことに変わりはなく、お客様の要望を満たすものではありませんでした。
その後ジャックをローラーの奥側にし抵抗を増すと言う調整をしたそうです。しかしこれは摩擦抵抗が増えて弾きにくくなっただけで重みといったことには全く無関係でした。どうにかタッチの重みを出そうと試みた事は見て取れるのですが、そのような小手先の事では到底解決できず、何が原因となっているのかも含めてまずはデータ取りから開始しました。
鉛が鍵盤についていた状態と全て取り外した状態とDW(ダウンウェイト)、UW(アップウエイト)の値を計測し、ハンマーアッセンブリーの重量であるハンマーストライクウェイト88鍵盤の測定をしました。現地でハンマーを触っていた感覚では軽く感じたので、軽いハンマーが付いているので、タッチも軽くなっているのだろうと予測していました。
そのため、ハンマーに重りをつけて試したところ、動的なタッチの重さも感じられたため、その方向でのタッチ改善を行うことにしました。しかしながら、実際に1鍵1鍵のHSW(ハンマーストライクウエイト)を測定してみると、ハンマーは全体的に重いものが付いていることが判明。
全体にわたってヤマハの3クラスよりも重たいハンマー。特に最高音部はグラフを飛び出る重いものが付いていました。短いボディーの音量と音質を補うために、重めのハンマーが付いているんだと判断。ハンマーウッドの材質はマホガニーであるため、重くないはずなのですが、羊毛をかなり圧縮しているのか、上等なレンナーハンマーが付いていました。
各部測定し、ギア比など数値化してみると、FW(フロントウェイト)鍵盤前側の重量が大きいことが判明、対して、奥側に鉛は入っておらず、重いハンマーを鉛で押し下げると言う設計になっていました。
この段階で重いハンマーにさらに鉛を詰めて重くすると言うことに抵抗がありましたが、実際に現地での検証ではハンマーに重りをつけて良い結果が得られていたので、その方向性で進めることにしました。
ハンマーを重くすると言っても、限られたハンマーウッドのスペースに加工する必要があり、ヘッドに3ミリの穴を開けて2.5ミリの鉛を詰め込みます。
この作業で約0.6gから0.7g増すことができます。現地の実証では1g重りでおこなっていたので、残りの足りない値は後ほど考えることにし、ばらつきのある軽めのハンマーにさらに木片を貼り付けることにより重量を増すことにしました。
関連表の計算では、FWが理想的には実測値の10g下の値となっており、これがこのアクションでは理想的な値とされています。今回のピアノはそこを逸脱しFWの値が大きくなっていました。
理想値のFWでは重いだけのタッチとなり、弾きにくいので鉛を前面に詰めたと言う結果がFWの実測値に出ていました。
これはアクション各部の重さやギア比から求めた値と実際の弾き心地とは違う部分があり、その原因として鍵盤の長さが上げられます。グランドピアノは小型から大型まで様々な大きさがあり、一般的にはあまり知られていないのですが鍵盤の長さも異なってきます。
大きなピアノの方がテコの支点となるバランスピンから鍵盤までの距離、バランスピンからアクションの乗っているレギュレーチングスクリューまでの距離、これが異なります。大きなピアノの方が距離が長いのです。
このテコの原理により、支点からの距離が長い方が小さな力で奥側のものを動かせます。このことによりアクションの重さが同じであったとしても、前側と奥側の支点の距離が変わることによりタッチが異なってきます。これによる影響は大きく小さなピアノの方がタッチが重くなる傾向にあります。しかしながら、鍵盤自体の重さについては大きなピアノの方が重いですから、慣性モーメントと言う動きについての抵抗感や感じる重さは大きなピアノの方が増すこととなります。
鍵盤が長いことにより鍵盤の出力寸法が長くなり、ハンマーやウィペンの換算、慣性モーメント値が大きくなり動きづらさを感じると考えられています。私の実感としては、それら鍵盤由来の慣性モーメントなどの増量よりも、鍵盤の支点の違いによるテコの動きによるタッチへの影響が大きいとの実感があります。
そのためこの小型のピアノに数字的に理想とされるフロントウェイトにすると、奥側の重さを持ち上げるための重さが足りず重いタッチとなります。なので、メーカーは前側に鉛を詰めてそれを解消しようとしているわけです。このストンと落ちる手ごたえのないタッチは弾き手による入力の受け入れ幅が狭いので、表情が付けにくいタッチとなっています。
ハンマーを0.6gほど重くして、アクションのみの状態で打鍵して確認したところ、タッチの改善が見られ、動的な動きが感じられるようになりました。しかし、まだ動き出してからの重さと言うものを感じるタッチじゃない。もう少し、やはりハンマーを1g増すことに近づけることを考えました。そこで鍵盤の前側の重さであるFWを小さくすると言うこと、これを実行することにしました。
しかしながら慣性モーメントを小さくすると、短い鍵盤の元々少なめの慣性モーメントを更に減らすことになるので長めの鍵盤とは逆行してしまいます。
小型グランドに鍵盤全体に鉛が詰めてあるピアノを見ることがありますが、慣性モーメントをあげて弾きごたえを増すのと音量音質をよくする狙いがあるのだと思います。結果的にもっさりとしたタッチ感になってしまうわけですが。
今回奥側に鉛を詰める方法もありましたが、ハンマーを重くしているためこれ以上は全体に重く感じるだけのタッチとなりそうだったのでFWを変更することに。結果的にこれが音質の向上となり動的な重さを感じるタッチとなり大きなグランドを弾いているかのようなタッチを実現できました。
この時点でのDWは概ね55g前後と言う形。UWは35g前後と言う状況でした。ここからそれぞれ3gから4g増すと言うことを目標にFWを調整。鍵盤鉛を削ることによりFWを調整しました。その結果DWが60g前後UWが40g前後の値となり、鍵盤の奥側に鉛がついていた最初の状態位の値となりました。
その数値は同じものの、そのタッチの性質は全く異なり、これが数値だけではDWとUWの数字だけでは表すことができない、慣性モーメントを考慮したタッチ調整と言うことになります。
DWを減らしたことによりより鍵盤を下げる抵抗感が増し、かつUWの値が高いので鍵盤の戻りが早い。演奏すると弾きやすいタッチとなりました。様々な曲で試してみましたが、いつも弾く曲が他のピアノよりも弾きやすく、私としても非常に満足のいく仕上がりになったと思います。お客様も実感されて、理想的に思っていた少し抵抗感がありながらも、弾きやすいスムーズなタッチ、そういった思い描いていたものになりました。
実際のタッチウエイトの作業は軽くしてほしいと言う要望が多かったりします。しかしながら、今回のように単純に重くしたいということではなく、動的な重さ、これを求めるのは、このタッチウエイトマネジメントの本質です。
このディアパソンの小型グランドDG 166 は私自身初めて出会いました。世の中に出ている数が少なく、比較対象が難しいものとなります。ですが、他社の小型グラウンドと比べても材質とともにその音色も上質なものを感じて、小型グランドながらここまでの音が出るのかと弾きながら感じました。
ピアノ購入の選択肢として、DIAPASONピアノご存じない方も多く、なかなか視野に入らないかもしれませんが、音とその品質を考えると、この選択はありだと私自身今回思いました。
タッチの問題は小型グラウンドに特にみられる問題で、他社もバランスの悪い設定になってることが多いです。やはり鍵盤の長さにおいては無理なく理想的なタッチが実現できる長さというのが存在すると思います。奥にあるアクションの重量、これに対してどういった手前の重量を設定するのか、音量や音質との兼ね合いも鑑みながら調整をしていくと言うことが求められると思います。これは他のピアノ全体に限っても言えることであって、標準的な数値と言うものと照らし合わせながら楽曲表現のしやすいタッチというのを探っていく必要があると思います。